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理屈をこねてもいいじゃない

承認欲求を満たすためにブログ書いてます

今日のこと@ボランティア

震災 日記 日常生活
facebookでなくてあえてここに書く(のは私が情緒不安定で内弁慶だから。匿名じゃないと書きにくいこともあるし。)
今日は毎月定期的にしてるボランティアでした。(かつ自分が調整役となってる唯一の活動。)

準備不足とかいつも通りポカやらかすとかしたけど、賑やか、かつアットホームな雰囲気で1日を過ごすことができて本当に幸せでした(^∇^)

今日特に印象に残ったのは、ある住民の方が、名前はわからなかったけど、私の顔を覚えてくれて、「顔見た瞬間パッと思い出したんだよ。この間も来てたもんね(^-^)」って言ってて、その後たくさんお話して最後の方に、手をつないで一緒に歌を歌ったことでした☀︎
今まで何回か同じところに来ていたけど、今日でかなり距離が縮まった感じがして嬉しかった♪
最後の方には歌詞の一部を「○○ちゃんが好き」って私の名前に置き換えてくれて、私のことを見て笑ってくれてすごい嬉しかったし、また来たいなと感じた(^-^)

 一方で、住民の方から無条件に私のことを好きって言ってくれることに対して、毎回嬉しさと同時にとてつもない不安に襲われてしまう。
その結果戸惑ってしまう。うまく笑えなくてぎこちなくなってしまう。怖いんだよね。すごく。
 多分、昔から愛情を与えるのも受け取るのも下手だったし、身近な人からあまり愛情を受け取れなかったからかもしれない。

だけどね、矛盾してるけど嬉しい。ここ数日の憂鬱とした気持ちが和らいで、あたたかい気持ちと喜びと小さな達成感でいっぱい。本当に、大学入学してから1年以上続けてきて良かったって感じてる。少なくともこの気持ちは嘘じゃない。

正直活動前の準備とか色々大変だし、それ以外に、普段は憂鬱で毎日希死念慮とかトラウマとかと戦っている。
でも、活動している時にみんなが楽しそうにしていたり、喜んでくれてる姿を見ると今すごく幸せなんだなって感じる。
小さいけれど、大切な幸せ✨

自分は、不器用で臨機応変に対応することが苦手で、何より人の気持ちを考えたり深く付き合うことが困難な奴だと思ってる。
だけど、時間をかけたり毎回真摯に向き合おうとした分だけ、誰かは見ていてくれて、人数が少なくても毎回楽しみにしてくれる人がいるから頑張らなきゃなと思った。

調整役となって半年が経過した。
実際、参加者とはかなり違う部分が多くて戸惑う部分が多い。

夏過ぎまでは、慣れるのに精一杯で、正直義務感としんどさで押しつぶされそうになっていた。自分しか見えていなかった。変わらない、変えられない状況と自分にイライラしかしなかった。
挙げ句の果てに、自分が見なきゃいけない現実から逃げ出したネット上の言葉に勝手にいちゃもんつけて、一回も見たことない人達から批判されたこともあった。
私が見るべきなのは、一回も関わったことがないネット上の「誰か達」ではなく、自分が活動で行ってる住民の方の気持ちと、参加する学生の気持ちなのに。
やるべきこと淡々と、でも楽しくやることが必要だったはず。

秋からは、さりげなくだけど、いつもとは違うことをやろうと少しずつ試行錯誤してみた。折り紙とか簡単なことから。
そしたら、いつも以上に喜んでもらえて私も楽しくて夏までより少し気持ちが楽になった。
だけど、その部分はよくても基本的な部分がおろそかになって周りに迷惑をかけたり、自分だったり学生側の自己満足な部分もあって、住民の方や先輩に迷惑をかけてしまった。
でも、この時に、参加してくれた人が改善点を振り返りの時に言ってくれていて、それ以外にも「楽しかった。」「大切な活動だと感じた。」「また行きたい」って言葉に励まされて、参加者の大切さを実感した。だから、ちゃんと参加者一人ひとりのこともじっくり見てきたいなと感じた。
それ以上に、行き詰まった時に、会長さんとかから活動のプラスαとかでこうして欲しいって直接アドバイスもらったりして、住民の方が一緒に考えてくれたりとか、それがすごくすごく嬉しかった。(私が未熟なせいもあるけど)
だからこそ、自分たちだけが勝手に楽しむ活動じゃなくて、住民の方の気持ちを汲み取った活動にしていかなければならないと感じた。

冬が来て、ようやく少しずつ周りを見渡すことができてきた気がした。
気持ちに余裕が出来て、頼むところは誰かに頼もうというか。
半年前に比べれば1ミリぐらいは、何かをつかめそう。

今現在も、課題はまだまだ山積みだ。
私が、未熟なせいで上手くいかないこともたくさんある。
でも、一回一回直していきながらつまづいていきながらも、色々と工夫してみたいと感じた。
そして、来年度ぐらいには安定させて、大きな枠組みを作りたいなって。

だけど、細かい部分は柔軟にならなきゃいけない。というか、新しく考えて動き始める必要があるな。
多分来年度は、今以上に復興公営住宅が出来て、引っ越していく人が増えてきてるため仮設住宅に住む人はどんどん減ってる。生活の場所が変わり仮設に住む人が減ってきて、今以上に寂しさを抱える人が出てくる中で、自分たちができることをやり続けていかなきゃならない。震災から4年9ヶ月が経つと、難しいこともあるけど。
実際、私や私達がしてることは参加してくれる人数が問題ではなくて、「必要としている人がいるかどうか」だから。
大多数の人から偽善だと言われても、人数が少なくても、「来て欲しい」「また来てね」っていってくださる方が一人でもいたらやり続けていこうと思う。正しいかはわからないけど。やらない善よりやる偽善というし。
方法を変えつつ。試行錯誤しつつ。

とりあえず、ずっと同じは嫌だから私が3年になるまでに少しだけ良い方向に変えよう。
変化に気づいてもらうのは、お世話になってる住民の方と参加者の学生だけでいい。うん。