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理屈をこねてもいいじゃない

承認欲求を満たすためにブログ書いてます

時が止まったり進んだり

AC 日記 暗い 病み
今もなお、家の中のことをはじめてしっかりと自覚した小六の冬の時の私がまた出てきて引きずられそうになる。
まぁ、一番大変だったし。

こうゆう時は、大抵憂鬱な時だ。
いつもはゆっくりだけど、なんとか進むことが多い自分の中の時間が小六から中一になるぐらいまでの間で止まってる。
心の中でこの時の私がいつも出てきてしまう。

思い返すと小5から引っ越すまでの時の方が異常だったけど、当時は気持ちが麻痺していたおかげかふつうに笑えていた。
いや、まだ希望が見えたし、いつかは良くなるって思いが残っていたからなんとか笑い続けることができたんだと思う。

それから、なんで私は能天気だったんだろうって、どうして家のこと見て見ぬ振りしかしてなくて、自分のことしか考えられなかったんだろうって罪悪感に飲み込まれそうになる。
今も時々。

辛かったのは私だけじゃなかったじゃんって。
実は離婚が決まって家が大変な時に発した最初の一言が「私のせいなの?」だった。
その後、転校決まった時は受け入れられなくて、他の兄弟差し置いて挙げ句の果てに大泣きしてしまった。
こう見えて一番上なのにね。
そしてもうすぐ中学生だから家の事情とか考えればわかるはずなのにな。
それで下の子達にも迷惑かけたなって。

もちろん、私が家族関係というより夫婦間の関係を取り持てるような能力もないし、勝手に調整し始めるなんてそれこそ余計なお世話だし、あの状態のまま無理矢理「1つの家族」としてくっつけようなんて気は全くない。

ただ、バタバタしていて、弟妹や母がかなり大変だったあの時に、
もう少し、みんなの気持ちを軽くできるような行動とか、言葉づかいとかできなかったのかなって。
自分のことしか見えなかったから。
いつものことだけど、、、

それから、第三者に助けを求めればまだ少しはマシになったのかなって。
家族のためにってよりは、あの時の私が今みたいにしんどくならない為に。

そんな感じで、時々小学生高学年で成長がとまった私が出てくる。
なんか、張り付いてくるような感じで。
辛いよって泣き叫んでいたり、何かできないのかなって思い悩んだままの私が。

こんなんだからまだ成長できないのかな。

「あのときの私」を完全に消す必要はないかもしれない。

でも、このままの自分で立ち止まったままだと、子供と接する仕事をする際、あの時の私が出てきて、他の辛い経験をした子どもと勝手に同化しちゃうんじゃないかって危機感はある。

というか、大学の先生(福祉系)には子どもと同化することは止めろって口酸っぱく言われてるからw

それで、こんな言葉も言われたんだよね。
「当事者」に寄り添っていくことと、自分自身が「当事者」と一体化するのは違うんだよって。
実際に行動に移せるまでに時間はかかる。
だけど、このことが頭の中にあるかないかで少しは冷静になれると思うから、常に頭の中に置いておきたい、、、

P.S 今日はバイトです。深呼吸して、
気分切り替えて頑張ります♪

掃き溜め用なので、中身はありませんwww